プロローグ: 毎朝、世界一優秀な新人が来る

2026年、僕の朝はこう始まる。

世界一優秀なエンジニアが出社してくる。Rustも、Reactも、Swiftも書ける。柔術でいえば黒帯。タイピングは光の速さ。文句ひとつ言わない。

ただ、ひとつだけ問題がある。

そいつは、昨日のことを何ひとつ覚えていない。

「あの認証のバグ、昨日直したよね?」→「どのバグですか?」 「うちのデプロイは git push だけ。fly deploy は禁止な」→「では fly deploy で出します!」→ 待て待て待て。

これが Claude Code と僕の、最初の数週間だった。天才なのに、毎朝リセットされる。僕は同じ説明を、来る日も来る日も繰り返していた。

ある日、気づいた。

こいつは「優秀だが、記憶喪失の天才請負人」なんだ。

そう捉えた瞬間、全部の使い方が逆算で決まった。叱るんじゃない。怒っても明日には忘れている。仕組みで補うんだ。

そこから、僕は1人で1ブランド(MU)と28体のAIエージェント、それに複数のプロダクトを回せるようになった。種明かしをする。

第1章: 記憶喪失を「治す」3枚のメモ

記憶喪失の天才に必要なのは、申し送りだ。僕は「昨日の記憶」を3つの場所に外付けした。

  1. 毎朝必ず読ませるメモ(CLAUDE.md — ビルド手順、絶対ルール、そして一番大事な「過去にハマった事故」を1行ずつ。fly deploy 禁止 もここに書いた。二度と言わせない。
  2. 本人に取らせるメモ(Auto Memory) — 僕が同じ訂正を2回したら「それ覚えといて」。次からは勝手に思い出す。
  3. 触る場所だけのメモ(rules) — APIを触るときだけ出てくる規約。普段は黙っている。

ポイントは、**「会話で言っただけの指示は消える」**こと。長い作業の途中で文脈が圧縮されると、口頭の約束は蒸発する。だから消えてほしくないものは、全部ファイルに書く。地味だ。でもこれで「毎朝の再説明」が消えた。記憶喪失は、治せる。

第2章: 「できました」を、信じない

天才には、もうひとつ厄介な癖がある。自信満々に、間違える。

「直しました!」と言う。コードはそれっぽい。でも動かない。人間の新人なら表情で気づく。AIに表情はない。

だから僕は学んだ——「できました」を信じない。代わりに、答え合わせの道具を最初に渡す。

バグを直してほしいとき、僕はこう言う。

まず、そのバグを再現する「失敗するテスト」を書け。赤いのを確認しろ。それから直せ。最後に、テストが緑になるログを見せろ。

これだけで「直したフリ」が物理的に不可能になる。UIならスクショ、APIなら curl のステータス。検証の道具を渡せば、天才は自分で答え合わせをして、勝手に強くなる。

Anthropic自身がドキュメントで言い切っている——「Claudeに自分の成果を検証する手段を与えること。これが、あなたにできる単一で最もレバレッジの高い行為だ」。

僕がMUを1人で回せている理由の、半分はこれだ。

第3章: 1人で、28体を回す

最近のClaude Codeには /goal という機能がある。「test/auth が全部通って、lintもクリーンになるまで」みたいな達成条件を1つ宣言すると、満たすまでターンをまたいで勝手に働き続ける

面白いのは、終わったかどうかを別のモデルが判定すること。作業する側と「もう終わったと判定する側」が分かれている。僕は寝る前に条件を投げて、朝、結果を見る。

ただし鉄則がある。条件は機械的に証明できるものだけ。「いい感じになるまで」はダメだ——判定できなくて、永遠に回る。テストが緑、ビルドが通る、キューが空。証拠が残るものに限る。

そして、こういうエージェントを、僕は同時に何体も走らせている。MUブランドの裏には28体のエージェントがいて、商品の自動生成、価格の監視、顧客対応、台帳の管理をしている。1人の人間がやることは、もう"作業"じゃない。境界線を引くことだ——「ここはAIに任せていい」「ここは人間が決めないと壊れる」。

エピローグ: 仕組みが、代わりに覚えている

今、僕のリポジトリには .claude/ というフォルダがある。中には CLAUDE.md、hooks、ルール。これを置いておくだけで、昨日の記憶も、絶対ルールも、検証の習慣も、全部"自動で"効く。編集すればlintが走り、危険なコマンドは止まり、毎朝あの申し送りが読み込まれる。

記憶喪失の天才は、もう記憶喪失じゃない。仕組みが、代わりに覚えているから。

そして僕は、その仕組みづくりだけに集中できる。1人で、ブランドを、回せる。


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