前に「Claude Code は記憶喪失の天才だ」という話を書いた。毎朝リセットされる世界一優秀な新人を、仕組みで飼い慣らす話だ。思いのほか読まれた。

今日はその続編になる。問いはシンプルだ。

1人なら飼える。じゃあ、その天才を「同時に9人」走らせたらどうなる?

結論から言う。7人が、予算切れで死んだ。

9体放って、7体が「残高不足」で即死した

あるプロダクトの未実装機能を一気に埋めたくなって、僕は作業を9つの領域に切り分け、9体のエージェントに同時に投げた。認証、決済、通知、UI、データ層——それぞれ別の担当に。

数分後、戻ってきた報告はこうだ。

  • 2体: 完了(テスト緑まで)
  • 7体: Credit balance is too low——残高不足で全滅

笑ってしまった。世界一優秀な9人を一斉に雇ったのに、7人は仕事の中身とは一切関係ない理由で、開始数分で倒れた。バグでも、設計ミスでも、能力不足でもない。ただ、財布が空だった。

ここに、並列運用の本質が全部詰まっている。

学び1: 並列が効くのは「部屋を分けたとき」だけ

生き残った2体には共通点があった。触るファイルが、他の誰とも一切かぶっていなかった。

これが最重要のルールだ。複数のエージェントを同時に走らせるとき、僕は1体ずつに「お前が触っていいのはこのファイルだけ」と専有領域を渡す。認証担当は auth/ だけ。通知担当は notifications/ だけ。共有ファイルには誰も手を出させない。

理由は単純で、2人を同じ部屋に入れると、必ず喧嘩するから。同じファイルを2体が別々に書き換えれば、片方の成果がもう片方に上書きされる。マージ地獄。並列の利益は一瞬で吹き飛ぶ。

工事現場と同じだ。棟梁は、大工を同じ部屋に2人入れない。部屋割りこそが、並列化の9割。コードを書く前に、地図を引いて縄張りを決める。ここをサボると、速くなるどころか壊れる。

学び2: 天才は賢いのに、間抜けな理由で死ぬ

7体を殺したのは、ロジックではなく残高だった。

これは教訓として一般化できる。AIエージェントは、難しい仕事で失敗するんじゃない。**くだらない理由で落ちる。**残高、レート制限、タイムアウト、トークンの期限切れ。賢さとは無関係なところで、ぽとぽと死ぬ。

だから設計をこう変えた。

  • 失敗は前提。9体投げたら数体は落ちる、と最初から思っておく
  • 途中から再開できる形にする。死んだ担当だけ、もう一度同じ指示で投げ直せばいい(生きてる2体の成果はそのまま残る)
  • 予算と上限を最初に決める。9体同時は、コストも9倍。ベルトコンベアじゃなく、財布を見ながら回す

並列化は「速さ」を買う技術だが、その通貨は「お金」と「壊れやすさ」だ。タダで速くなる魔法ではない。

学び3: 「終わった」は、気分じゃなく証拠で決める

生き残った2体には、最後に同じことをやらせた。「done と言う前に、証拠を出せ」。

テストを走らせてグリーンのログを貼る。エンドポイントを叩いて200を返す。画面を開いてスクショを撮る。「たぶん動きます」は、終わったことにしない。

人間相手なら信頼で済ませる場面でも、記憶喪失の天才相手だと、これが効く。彼らは平気で「完璧にできました!」と言う。中身を見ると半分だったりする。悪気はない。明日には忘れている。だから仕組みで詰める。証拠のない完了報告は、受け取らない。

この日も、生き残った2体は「テスト6件緑」「テスト11件緑」とログ付きで返してきた。それは信じられる。残りの7体は、何も返さずに死んだ。沈黙は、未完成と同義だ。

監督の仕事は、作業じゃなく「割り方」

ここまでで気づくと思う。僕は1行もコードを書いていない。

並列運用における人間の仕事は、手を動かすことじゃない。仕事の割り方を設計することだ。

  • どこで線を引けば、担当同士がぶつからないか(部屋割り)
  • どの順で投げれば、失敗が安く済むか(独立な作業から)
  • 何をもって「終わり」とするか(証拠の定義)

オーケストラの指揮者は、楽器を一つも弾かない。それでも演奏の質は指揮者で決まる。AIエージェントの並列運用も同じで、価値は「分解」と「合流」に宿る。分解を間違えれば、9人いても渋滞するだけだ。

会社にClaude Codeを配るときの話でも書いたが、規模が変わると正解が変わる。1人を飼うのと、9人を捌くのは、別のスキルだ。

結論: 1人の会社は、もう「1人」じゃない

7体が予算切れで死んだ日、それでも2体は機能を完成させて帰ってきた。残高を足してやれば、残りもすぐ蘇る。

5年前、僕は「1人でプロダクトを何本も同時に回すのは無理」と思っていた。手が1組しかないからだ。その前提は、もう崩れた。手は、いくらでも増やせる。増やした手をどう捌くか——そこだけが、新しい問題として残った。

記憶喪失の天才は、1人なら飼える。9人なら、現場監督になればいい。

道具は配られた。あとは、割り方を覚えるだけだ。


この記事は、実際に並列でAIエージェントを走らせた一日の記録です。具体的なプロダクト名や顧客情報は伏せています。