$100万の音響システムは誰のためか
1万人規模の野外フェスティバルを開くとき、音響システムだけで$100万(約1,500万円)かかる。L-Acoustics、d&b audiotechnik、Meyer Soundといったプロ音響メーカーのラインアレイシステムを借りると、それくらいが相場だ。
機材レンタル、エンジニアの人件費、搬入搬出。1回のイベントでその金額が飛ぶ。小規模なフェスティバルのオーガナイザーにとって、これは致命的なコストだ。
Koe Deviceは、この$100万を$30万に下げようとしている。
4つの製品ライン
Koe Deviceの音響システムは4種類のデバイスで構成される:
- STAGE — メインステージ用。指向性制御付きラインアレイ。16ドライバー構成
- SUB — サブウーファー。カーディオイド配置で後方への漏れを抑制
- FILL — フロントフィル&ディレイ用。観客エリアの死角を埋める
- COIN — 小型モニター。ステージ上のアーティスト返し
それぞれのデバイスの中身はESP32マイクロコントローラーとクラスDアンプ。ドライバー(スピーカーユニット)は汎用品を使う。L-Acousticsとの最大の違いは、ソフトウェアで音響制御するというアプローチだ。
ESP32 + Rust + P2P同期
各デバイスにはESP32-S3が載っていて、ファームウェアはRustで書いている。なぜRustか?リアルタイム音響処理でガベージコレクションが入ると音が途切れるからだ。Rustならヒープアロケーションを制御できる。
デバイス間の同期がこのシステムの肝だ。1万人のフェス会場では、ステージから100m離れた場所にもスピーカーを置く。音速は秒速340mだから、100m先のスピーカーは約300msのディレイをかけないと、直接音と反射音がぶつかってぐちゃぐちゃになる。
プロの音響システムではDanteやAES67といったネットワークオーディオプロトコルで同期する。Koe DeviceではP2P UDPで同期する。Wi-Fiメッシュで各デバイスが接続し、マスターデバイスからの基準クロックに全員がロックする。レイテンシは5ms以内を目標にしている。
なぜ1/3のコストで済むのか
コスト削減の内訳はこうだ:
- 汎用ドライバー — L-Acousticsは自社製のカスタムドライバーを使う。Koe Deviceは市販のドライバーを使い、DSP(デジタル信号処理)でチューニングする。ドライバーコストが1/5になる
- DSPによるキャビネット設計の簡略化 — プロ音響メーカーのキャビネットは音響工学の粋を集めた設計だが、その分高い。Koe DeviceはシンプルなキャビネットにDSP補正をかける
- セルフセットアップ — 専任のサウンドエンジニアなしで設置できるように、スマホアプリから会場の形状を入力すると、各デバイスのディレイ・EQ・ゲインを自動計算する
- オーナーシップモデル — レンタルではなく購入。3回使えば元が取れる
現実の壁
正直に書くと、まだプロトタイプの段階だ。ESP32でのリアルタイム音響処理は動いている。2台のデバイス間のUDP同期も5ms以内を達成した。
でも16台を同時に同期させるのは別次元の話だ。Wi-Fiメッシュの帯域、パケットロス、屋外環境でのノイズ。やるべきことは山積みだ。
それでもこの構想を公開するのは、「$100万が当たり前」という音響業界の常識に一石を投じたいからだ。ソフトウェアエンジニアリングの力で、音楽をもっと身近にできると信じている。
技術的な詳細(ESP32ファームウェア、UDP同期プロトコル、DSP設計)はこちらに書いた。