去年ADEで見た「教会」と「クレーン」
去年の10月、Amsterdam Dance Event(ADE)に行った。かなり色々体験したけど、一番振れ幅が大きかったのは同じ街の中で「教会」と「クレーン」という両極端な会場を両方体験したこと。
教会でのレイブ
行った会場のひとつが、Westerkerk(西教会)。レンブラントが眠る墓所であり、かつてベアトリクス前女王の結婚式も行われた歴史的建造物。ここで「ZAMNA × SONA」がADE 2025のショーケースとして17時から深夜まで貸し切る、チケットは即完売のイベントをやっていた。
教会は天井の高さが異常だから、音のリバーブも異常。普通のクラブでは絶対に体験できない残響の中で音楽が鳴っていて、空間そのものが楽器みたいだった。
教会つながりで言うと、Don Diabloが教会を改築した自宅にもお邪魔させてもらった。4階建ての元教会を丸ごと住居兼スタジオにしていて、MTV Cribsにも取り上げられたくらいの物件。オランダのトップDJがこういう場所に住んでいるという事実だけで、音楽という職業の位置づけがなんとなく伝わってくる。
クレーンの中のホテル
もうひとつが、NDSM(アムステルダム北部の元造船所エリア)にあるFaralda Crane Hotel。高さ50メートルの実物の産業用クレーンを丸ごと改装して、中にスイートルームを作ってしまったホテル。かつて船を吊り上げていた鉄骨構造がそのまま残っている。
鉄の構造の中で鳴る音は、高音が異常にシャキシャキしていて気持ちいい。教会の異常なリバーブとは真逆の、乾いてタイトな響き方。しかもそこにかかっている音源自体も、その響きに合わせて作られている感じがして、「箱に合わせて音を作る」ということの意味を体で理解した。
同じ都市、同じ5日間のイベントの中に、レンブラントの墓所とクレーンの中のホテルが両方ある。これがADEという場所の懐の深さだと思う。
オランダで感じた「DJという職業の位置づけ」
今回オランダで強く感じたのは、DJ・音楽家という職業の社会的な地位の高さ。教会を改築して住めるくらいの経済力と、それを誰も奇異に思わない文化的な位置づけ。DJ Mag Top 100 DJsでは、Martin Garrix(5回1位)、Tiësto(3回1位)、Armin van Buuren、Hardwell(2回1位)と、トップ20のうち7組がオランダ勢という異常な密度。「憧れの職業」として若い世代が普通に目指す対象になっている感じがあった。
DJとは何か
せっかくなので、ここで一度立ち止まって「DJとは何か」を考えてみる。
技術的には「既存の曲をつなぐ人」「機材を操作する人」という説明もできる。でも結局のところ、DJの仕事は人を踊らせることに尽きると思う。選曲も、ミックスの技術も、機材の進化も、全部は「今このフロアにいる人たちをどう踊らせるか」という一点のための手段。
アフロハウスのログドラムも、テクノの機械的な反復も、教会のリバーブに合わせた選曲も、全部このゴールから逆算されている。DJがすごいのは、機材を使いこなすことじゃなくて、その瞬間のフロアの空気を読んで、次の一音を選べること。ここはAIがまだ簡単には代替できない領域だと思う。
ADEとは何か
Amsterdam Dance Event(ADE)は1996年、オランダの音楽業界向けのビジネス会合として始まった。当初はホテルでの日中セミナー中心の地味なものだったが、いまや毎年10月に5日間、市内300近い会場で1,200以上のイベントを展開する、世界最大級の「カンファレンス+フェスティバル」複合イベントに成長している。
2025年(去年)は過去最大規模で、140カ国以上から来場者60万人、音楽業界関係者11,000人、出演アーティスト3,300〜3,500組という数字が出ている。単なるフェスというより、業界の人間が1年分の商談とショーケースを5日間に詰め込む場所というのが実態に近い。2026年は30周年で10月21〜25日開催予定。
ここからEDMの歴史をざっと振り返る
ADEで体感した「教会からクレーンまでの振れ幅」は、実はEDMというジャンル自体の歴史そのものでもある。ざっと辿ってみる。
1970年代: ディスコ — ニューヨークのゲイ・マイノリティコミュニティ発のダンスカルチャーとして誕生。
1980年代: シカゴハウス / デトロイトテクノ — シカゴのクラブ「The Warehouse」でDJフランキー・ナックルズがディスコ/R&Bをリミックスし始めたのが「ハウス」の起源(だから「ハウス」というジャンル名は文字通りこの店の名前から来ている)。同時期デトロイトでは「ベルヴィル・スリー」(ホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケヴィン・サンダーソン)がテクノを開拓。ハウスのソウルフルさとテクノの機械的な未来感は、この頃から対照的だった。
1988〜89年: UKのセカンド・サマー・オブ・ラブ — イビサ島のパーティ文化がUKに逆輸入され、アシッドハウス+レイブカルチャーが爆発。倉庫や野外での無許可レイブが英国全土に広がり、若者文化を塗り替えた。
2010年代: EDMの商業化爆発 — David Guetta、Calvin Harris、Avicii、Skrillex、Swedish House Mafiaらがポップチャートを席巻。Tomorrowland、Ultra、EDCが数十万人規模のメガフェスに成長し、2015年時点でEDM市場は約69億ドル規模と推計された。この時期は「グルーヴよりスケールと壮大さ」がサウンドの方向性になった。オランダ勢の台頭もこの時期から本格化した。
2020年代: 非西欧発ジャンルの台頭 — そしてここに、前回まで書いてきたアフロハウスが入ってくる。南アフリカのタウンシップで熟成されたリズムの語彙が、TikTok経由でバイラル化し、Black CoffeeやKeinemusikのようなアーティストを通じて世界のダンスミュージックの主流言語の一部になった。
アフロハウスだけじゃない、今伸びているもの
去年からの調査で見えてきたのは、アフロハウス以外にも「非西欧発・SNS発」のジャンルが軒並み伸びているということ。
- アマピアノ(南アフリカ) — 2018〜2023年でSpotify再生数が5,668%増。ケニアで1,404%増、ナイジェリアで10,330%増(2021〜2025年)。本場ヨハネスブルグでも前年比203.9%増と、逆輸入的に本場でも再加速している。再生の55%がアフリカ域外からというのが、この現象の本質的なところ
- バイレファンキ(ブラジル) — ブラジル版アマピアノがファンクのリズムを取り込み、米国版はトラップのハイハットやR&Bのボーカルスタイルと融合するなど、越境的なリミックスが起きている
共通しているのは、発見のされ方がラジオやクラブのチャートでなく、SNSのバイラルになっていること。ジャンルが「ハイパーローカルな融合」から生まれて、そのままグローバルに飛ぶ、という順番がここ数年で完全に定着した。
教会とクレーンの間にあるもの
ADEで教会とクレーンの両方を見て思ったのは、EDMというジャンルは、もう「ヨーロッパのレイブ文化が世界に広がったもの」という一方向の物語では説明できなくなっているということ。南アフリカのタウンシップ、ブラジルのファベーラ、そしてアムステルダムの600年前の教会が、同じ5日間のイベントの中で地続きになっている。
DJという仕事の本質——人を踊らせること——は変わらないまま、その舞台と語彙だけがどんどん更新されている。それが去年ADEで一番実感したことだった。
関連
参考
- Amsterdam Dance Event — 公式サイト
- ADE 2025 record-breaking attendance — EDM.com
- Zamna x SONA at ADE Amsterdam 2025 — Zamna Festival
- SONA Presents: Zamna — ADE公式
- Faralda NDSM Crane Hotel
- Don Diablo's converted church home — Rolling Stone
- 7 Dutch DJs make it into the world's top 10 — IamExpat
- A Brief History of EDM — The LA Film School
- The Mainstreaming Of EDM — NPR
- How Amapiano is Reshaping Global Music Trends — Fakaza